されど汝は踊らでやまず

Ich möchte schlafen, aber du mußt tanzen.

歓喜の歌をわりと勘で読む①

きっかけはアンの世界地図。

 


 

この作品にメロメロになり、ブログまで作りました。そうして作中いわゆる第九の歓喜の歌、An die Freudeがとても印象的な使われ方をしているもので、自分でも読んでみたくなった次第です。これがまたいい休憩になる。

 

以前はフランス語の休憩にラテン語を勉強する畏友のことを、この子のことだいすきだけどやばい人だなって思ってたんですが、こういう感じか。

勉強するというよりも、何かあたらしいことを意識的にコツコツと刻みこむ感じって、自分をたしかに回復させるんだなあと知りました。

まあ最初は言葉の意味を想像するくらいにして、文法はおいおい帰納しつつ覚えるつもりです。ましてその表現の狙いだとか効果、位相、文化的背景などはわかりませんが、何周も読んでいればいずれ深まるのではないかと期待します。

 

ので今回はもうネット頼みで、徒手空拳の状態で好き勝手読んでみます。

まったく恣意的な読みになりますが、これからそれを乗り越えることを目指して。

 

 今回はまず、最初の4行です。 

Freude, Schöner Götterfunken,

Tochter aus Elysium,
Wir betreten feuertrunken,
Himmlische, dein Heiligtum.

1行ずついきますよー!

1行目:Freude, Schöner Götterfunken,

検索してみる

Freudeは「よろこび」。これは一応しってました。ほかは何が何だかなので、検索です。

schönerはschönの比較級、「美しい、芸術的な、こころよい」(ちがうかも)。

Götterfunkenは一語では日本語訳は上位にはでてきません。英語ではdivine sparkなので、「神のひらめき」「神の閃光」みたいなかんじかな。当て推量でいうと、たぶん複数か不可算なのでは。同じゲルマン系の英語は、単数なら必ず前に冠詞などがきますから。

えーと、GötterがGod,divine、funkenがsparkですかね。個人的にはfunkenはそういうかんじじゃないなぁ。日本語の「ひらめき」「きらめき」は一音めの発音に勢いがいるので、いかにもひらめききらめき感があります。hの子音って言いにくいし、kはきつい。そのうえ母音のiがaとかに比べて発音しにくいので、すごいシャープな印象があると思うのです。funkenは…なんかほんわかしてるよなぁ…

自分の感じたことを訳らしきものに固着させてみるこころみ

で、要するに訳なんですけども、全く恣意的なものなのでこんな小題にしました。

ともかくつないでみると、

「よろこび、そう、こころよい神のひらめき。」

全部古高ゲルマン語という古い、土地に根ざした言葉(ラテン語のような知識人・聖職者の言葉ではなく)由来なので、全部和語にしてみました。日本列島にとって漢語はラテン語みたいなものだと思うので。

また、カンマを同格とみて、「そう、」としてみました。「それは」にしようかと思ったのですが、なんとなく「よろこびというものがあるが、それは神の閃光なのだよ」と説明するような言い方は、しっくりきません。どちらかが先にあって、どちらかに等しいという言い方が、なんとなくいやです(訳としては妥当ではないかもしれませんが、無知な段階の自分にまずは正直になっておく)。

わたしはまず「よろこび」という言葉を噛み締めるような、そうして噛み締めているうちに自ずから神のきらめきにであい、おどろく(日本語の古語で、「おどろく」には「気付く」という意味がありますので)ような、そういう感じの言い方で読んでみたいと思いました。

 読んでいるわたしの気持ち

いや、素直に感想といえばいいんですけどもね。

schönという言葉、気に入りました。芸術的であることとこころよいことを同じ言葉で示すその感覚に、まずわたしは安堵します。「芸術」「アート」という言葉がいまいちそぐわない日本語の世界で生きるぎこちなさから、ひととき解放される気持ち。

(だからといって日本語の世界にうつくかいもの、心深いものがないわけではありません、もちろん。それらに芸術,artという言葉をかぶせると、どうもしっくりこないだけ。これは文化の違いであり概念規定がちがうというはなし。)

2行目:Tochter aus Elysium,

予想してみる

これはわかるー!気がするー!検索する前に想像してみます

Tochterはdaughterの仲間ですよね。むすめ。きっとそう。絶対そう。

Elysiumは名詞(大文字ではじまる)だから、ausはTochterとElysiumをつなぐんじゃないかな。

同格だったらあいだにカンマが入るでしょうから、たぶんausは「の」。

Elysiumは語尾がギムナジウムとかmuseumとかコロッセウムとかビザンティウムとかに似てる。ちょっと伝統や格式があったり、壮麗なイメージがあります(適当)。

発音はエリィシウムみたいな感じ?エリュシオンに似てる(エリュシオンのいみはわからない)。あとセーラームーンにでてきたペガサスの名前エリオスに似てる。

わかんないけど「○○(なんか綺麗な言葉)の苑」とかにしとこうGymnasiumは学びの苑だと思うんで。

つなげれば「○○の苑の娘」。前とつなげると、

「よろこび、それはこころよい神のきらめき、○○の苑の娘、」

 うーん、叙々苑がうかんじゃうな。

検索してみる

Tochterはあたり。ワーイ!Elysiumもエリュシオンではあった。

エリュシオンというのは英語でも同じスペルで、善人が死後にすむところ、理想郷、無上の幸福だって。無上の幸福っていいな。

でもausは違った。「~の中から/~出身の/~でできている/~のために」。

帰属を表すという点では近いところもありますけども、「の」よりもかなり具体的なかんじですね。

自分の感じたことを訳らしきものに固着させてみるこころみ

自分のお気に召すようにつなぐと、「無上の幸福の国からやってきた娘、」

強気でいけば、「無上の幸福の国から、わたしたちのもとへとおりてきた娘、」

その前の「神の閃光」に稲妻のような、天からわたしたちのもとへとやってきてくれたもののイメージを持っているので、こちらもそれにあわせてみました。

エリュシオンは由緒ある言葉のようなので、漢語で固く。

このならびで「天女」的ないみになるのでは?と思いますが、まあいいや。

 読んでいるわたしの気持ち

「無上の幸福の国からやってきた娘、」って、自分がどれほど幸福であるかまったく気づいていないような、それが当たり前かのようなケロッとした感じがあって好きです。心無い感じ。

心無いというのは冷血ってことじゃなくて、「百敷の大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮らしつ」(万葉集新古今集)とか、『トニオ・クレーゲル』に出てくる金髪碧眼のインゲボルグやハンスとかみたいなかんじです。余裕があって、高貴で、うつくしくて、だからこそ何かに深く心を動かされて自分が揺らぐことなんかがないような感じの人。

あるいはものすごく幸福な国って、幸福であることが当たり前だから、もしかして「幸福」にあたる言葉もないんじゃいかな、と想像してみたりもして。

一方「無上の幸福の国から、わたしたちのもとへとやってきた娘、」だともうちょっと、不幸と幸福というものがあることを知っていて、地上は不完全な国だと知っていてわざわざ来てくれたような、慈悲深い感じがしますね。これもこれでいいな。

こっちは心あるの最上級。心ある人は何かに感動して揺さぶられたり、自分の身まで危うくするようなこともするようなイメージです。ジーザスとかもそうかしら?人の子だから。

でもこのTochterは人間じゃないでしょうから、どんな泥の中に降り立っても汚れることなく(六条御息所は人間なのだ…ううなみだ)、どんな苦しみを引き受けてもその本性を失わない、そんなイメージです。よく昔話や説話で、お地蔵様が身代わりになってくれるような感じ。

3行目:Wir betreten feuertrunken,

検索してみる

えーっと、wirってなんだ。知ってないといけない言葉な気がするな(こんな読めてないけど2外はドイツ語でした……)。we?

残り2つは動詞ですね。最後のは過去分詞的なかんじ?意味はさっぱり。

ぱっと見でbetrayを連想したけどこの文脈で裏切りはなぁ。エリュシオンの乙女に裏切られたらつらい。

それでみてみましたらwirはやっぱweだった。わーいハッピー。

feuertrunkenはfeuer,fireとtrunken,drunkenだと。おーわかりやすい。けどわからない。火の酒に酔って?炎のように酔って?わかりませんがすごい度数なんでしょう。1行目Götterfunkenと似たつくりの言葉なのは、やはり意図的なのでしょうね。韻もがっつり。

 

で、betretenは基本語らしく、検索するとなんかもうドイツ語ばっか出てくる。英語でお願いします。日本語だと「立ち入る」「踏む」とかちょっと硬い言葉がでてきた。例文には「昇殿する」とか貴族社会を生きてる感じのがのってた。同じ入るのでもちょっと上昇する方向性があるんですね。

つないでみる

「わたしたちは立ち入る、火の酒に酔って、」

…うーんやっぱ平安貴族では?淵酔で新年から泥酔し御所で嘔吐する貴族では?

まぁ貴族は時代を問わず時期を問わず泥酔してる説あります。すきです。

それはともかくちょっとわけわからないので先に進みます。

4行目:Himmlische, dein Heiligtum.

検索してみる

いやもう全くわからなくて。Heiligtumは名詞ですが…tum…ツムツム?deinはなんか活用ある言葉でしょ。予想はこのくらいにして調べます。

そうしたら

himmlischeはhimmlischと同じ、celestial,heavenly,divineといったあたりでした。

天上の、神の、といったところですね。

Heiligtumはsacred site,object.

英語って別の言語にアクセスする足がかりとしても有用ですね。聖なるところ、聖なるもの。そしてdeinは所有代名詞、「あなたの」の男性主格の形でした。

自分の感じたことを訳らしきものに固着させてみるこころみ

これそのまま繋くと「天上の、あなたの聖なる場所」。前の行とつなぐと、

「私たちは足を踏み入れる、火の酒に酔って、天上の、あなたの聖なる場所に」。

もうやっぱ完全に日本じゃん、泥酔する殿上人じゃん?

貴族はそんなことしない!とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、紫式部日記道長が酔っ払ってヤダとかありますよ。そっちはまだ書き方がストレートじゃありませんけども、たとえば『建内記』という貴族の日記には、嘉吉元年(一四四一)七月二十六日、山科有経という人が泥酔して竜頭の船に吐いたせいで船を作り直すことになった、山科家の人はあいつとはもう絶交しますって申し上げたらしいとか書かれててかわいそうです(

https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/06/1403/0296?m=all&s=0293&n=20)。家族ー。昔のお酒はわるよいしやすかったのでしょうかね。

 

いや、でもこれはきっと肝臓の弱い日本人の感覚ですね。気付け薬にお酒を飲ませられる人々の文化はそういう感じじゃないのでしょう。

火の酒というのは、語構成からしても意味からしても、神の閃光というのと対応してそうです。そういう強い輝き。圧倒的なものへの陶酔。

特にキリスト教文化圏ではワインはイエスの血ですし、そういう聖なるもの、日常から離れる力を持ったものとして、この火の酒を捉えるべきなのでしょう。

そうしたら酔って天に昇るのもわかりますね。いや、勝手にわかった気になってみてるだけなんですけども、たぶん、酔うことで卑俗な己を離れられるのではないでしょうか、自分にはままならないものに身をゆだねる感じ。神の閃光の下降にこたえて、地上のものが天へと昇る、というのもきれいな照応です。いや下降ってわたしが勝手に思ってるだけなんですが。

 

わたしの適当訳も、

「私たちはたちのぼる、火の酒に酔って、天上の、あなたの聖なるみもとに」

に変えてみます。

場所をみもとにしたのはなんかこう人の言葉に乗っかって軽薄な感じもありますが、ちょっとこう神の下降にこたえる地上のものの上昇というような、通い合ってる感じをだしたかった。「あなたのみもと」ってちょっと馴れ馴れしくていいよね。いやそんなによくないけども。

 

全部つなぐ

わたしののびのび訳をつなぐとこうなりますね。

 

「よろこび、そう、こころよい神のひらめき、

無上の幸福の国から、わたしたちのもとへとやってきた娘、

私たちはたちのぼる、火の酒に酔って、

天上の、あなたの聖なるみもとに。」

 

これおかしいな。たぶん二行目が違う。娘=よろこびっていうのがやっぱおかしい。語順的に最後が名詞だからって体言止めにしちゃうのはちょっとよろしからぬ思考回路ですね、そうじゃなくて、その格関係がどうなのかみないといけません。が、わたしはそれを理解するだけの知識をまだ持っていないので勘でいこう。

あと「娘」ってことばはやっぱちょっとだめだな、自分の娘じゃないんだから。

ほかも少し変える。もう好き勝手いじる。そうして文脈を勝手に想像して作り変えました。

「よろこび。そう、美しき神の下された閃光。

無上の幸福の国から、乙女はわたしたちのもとへとやってくる、

私たちはたちのぼる、火の酒に酔って、

天上の、あなたの聖なるみもとへ。」

わたしの訳だとアル中のすすめって感じですね。天上には喜びや幸福の国があって聖なる場所があって、人間はお酒を飲めばその境地に入ることができる?うーん。勉強の必要性を感じます。

この適当訳は、ちゃんとドイツ語を勉強したときどのくらい修正されることになるのでしょう。たのしみだなー。