されど汝は踊らでやまず

タイトルはトーマス・マン作、実吉捷郎訳『トニオ・クレーゲル』(岩波文庫)より // 漫画等の感想を書きます。記事は公開後も推敲します。

『アンの世界地図』全話再読 (2)

※『アンの世界地図』第二話のネタバレを含みます。

 

『アンの世界地図』再読感想第二回目。今回は昨日のようにだらだらと書いてしまわないように、時間をはかりつつポモドーロ・テクニックを使ってみることにしました。

 

第二話の扉絵

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第二話の扉絵

第二話は夕涼みでしょうか、時間帯はわかりませんが端近なところでくつろぐお二人です。昔の雑誌を模したような作りがおちゃめで楽しいです。

「温風至」は七十二候のひとつでだいたい七月初旬ごろにあたります。アキは長襦袢か浴衣かなにかに伊達締めをしめただけでセクシーですが、よく考えてみればアンも下着姿です。ちょっと次話を先取りしたような様子ですね。アキの首筋があんまりきれいなので、私も筋トレをしてストレートネックを直さねば……!と決意を新たにしました。そしてアキの膝枕うらやましい……

うだつの家のつくりのことを、考えてみればあまり気にして読んでいませんでした。わたしは日本家屋にあまりなじみがないもので、お寺にいったときの記憶しか浮かんできませんが、とりあえずうだつの家の中にコの字状になっている部分があり、コの字のお腹の部分に植え込みがあるということはわかりました。

以後気にしてみたいと思います。

 

第二話の流れ

さて、第二話の最初の言葉はうだつの家の「おはようございます」でした。うだつの家はアキの作った朝ごはんを「さりげなく気合の入った朝ごはん」だといいますが、私からすれば信じられないレベルのごちそうです。

よくみるとこのときアキは鼻歌をうたっているのでしょうか?台所の目の前は窓で、上のほうにおろし金のようなものがたくさんあります。シンクの上にはまな板。それから天井から棹のようなものをつるして、ふきんでしょうか、流水紋らしき布をかけているようです。他にも何か縦に長いものや丸いものがつるしてありますが、何でしょうか、恥ずかしながらよくわかりません。きれいに整頓されたキッチン、憧れです。

 

アンはこの朝ごはんを見て「なんて威風堂々とした朝ごはん……!すごい品数!カラフルですねびっくりしたー!」と言います。私はまったくもって同感なのですが、語り手のうだつの家は「カラフル……」「……よかったです」といいます。合計4文字分の三点リーダはどういった思いのあらわれなのでしょうか、ちょっと呆れているのでしょうか……。どこに呆れるポイントがあるのかわからない私も、きっとうだつの家に呆れられてしまいそうです。でもカラフルなご飯というのはすごいことで、私はたいてい茶色いご飯を食べています。そもそも朝食はコーンフレークなので一色です。

 

アンの朝食事情と小学校時代のことを聞いたアキは目を丸くします。ふだんあまり見ない表情のような気がしますので、新鮮でかわいい。アンが小学生のときからすでに家の床はゴミだらけで、アンの母は「ママがいつ朝ごはんを食べるなと 言ったのよ」と怒っています。それはたしかにアキも驚くでしょうが、しかし私は、彼女がアンに向かって「ママ」と自称していることに、胸がしめつけられる思いです。アンの母も、アンの母であるという自覚はたしかに持っていたのですね。うまくできなかっただけで……。

 

食後はアキが食器を洗い、アンが拭いています。アキの頭上の布らしきものの模様がかわっているので、やっぱりあれはふきんでしょうか。二人はアンのなくなった荷物を探しに出ることにします。

 

ヘルメットをかぶったアンは、少しよるべなさそうな表情でたたずんでいました。扉絵とは別の角度で、くの字状に曲がる縁側と、草木の茂る中庭をみやっています。「広いけど……ひとけのない家……こんな大きな家にひとりぐらし?」「アキって何者なんだろ……」(49ページ)この疑問がこんなに早い段階から出ていたとは、おどろきです。

一方たすきをかけて倉で腰をかがめていたアキ。「おばあちゃん」の持っていた自転車を出そうとしていたのでした。「おばあちゃん」という言葉を聞いたアンはほっとした表情になります。

 

田園風景を二人乗りで走るアンとアキ。たんぼがきらきらと光って、見回すアンの瞳も輝きます。「きれいですねー!」と声をあげるアンの気持ち、私もよくわかります。

祖父母の家はアキの家と同じようなロケーションなのですが、もう長いこと帰れていませんし、私の生まれ育ったところは飲み屋とパチンコ屋とマンションアパートしかありません。

しかしアキは「えー?」と返します。聞き取れなかったのか、何がきれいなのかよくわからなかったのでしょうか。

私は、『伊勢物語』六段の、駆け落ちしていくお姫様が男に背負われていく場面を思い出しました。(ここまでで1ポモドーロ=20分)

深窓に育った彼女は白露というものを見たことがなかったので「かれはなにぞ」と問いますが、男はそれどころでなくて答えてやれなかった、という場面です。「白玉か何ぞと人のとひしとき露と答へて消なましものを」、本当にいい歌で大好きです。『伊勢物語』の序盤はとてつもなくいい歌といい話しかなくて困ってしまいます。

しかし、女物の着物を着ながらアンをのせて平気で走っているアキはなかなか力持ちですね。

 

さて、神社についた二人。アンはひとみしりをしています。アキははきはき挨拶ができるいい子ですね。私はできないので尊敬です……。

アンのトランクは幸いにも見つかりました。念のため中を確認したときの宮司さんとアキの表情、そして中身をぼろぼろにした犯人を聞いたときの二人の表情がとても好きです。

アンは事情を説明しながらも、やはり母をかばう言葉を口にしてしまいます。それは天然自然のうちにそうしてしまうのでしょうけれども、だからこそいっそうアキと宮司さんはあんな表情になるのでしょう。

「わたし 目の黒いうちはおちつかなくて」というのは、普通全然ちがう文脈で聞く言葉ですからなんだか面白いといえば面白いのですが、アンにとっては切実です。アンがカラコンをつけに席を立つやいなや、宮司さんとアキは目を見合わせました。すべてを察したというような、笑うに笑えないという表情です。

 

よく考えてみれば、アンは徳島までやってきた理由を、具体的にはアキに話していませんでした。ここで大方のことがわかったのでしょう。アンがカラコンをつけている間、アキと宮司さんはどんな会話をしたのでしょうか。

今読み返してみると、宮司さん――4・5巻で活躍してくれる彼は、徳島で最初にアンの事情を知った人の一人だったのですね。それでも何もなかったように接してくれていたのだなと、読み返してみて気が付きました。

 

余談ですが、55ページの、アンがカラコンを入れるシーンはいささかスリリングです。華奢な指先の上にのるコンタクトレンズと、少女漫画特有の、大きく輝く黒目のサイズ感の衝突……!現実とファンタジー、写実とデフォルメが激突するシーン、妙にドキドキして読んでしまいました。

しかもアンが入れているのはブルーのカラコン。私は今しがた、瞳の大きさがデフォルメないしはファンタジーカラコンの方が現実ないしは写実だと位置づけて書きました。しかしアンにとっては生まれつき持っている瞳のほうが現実で、カラコンがファンタジーであり、ありたい自分なのです。現実と幻想の交錯とは複雑なものですね。

 

カラコンを入れてすっかり口角のあがったアン。アキの瞳は、アンの髪の生え際の黒い髪を捉えています。アキには、一見ふわふわして見えるアンの、幻想の底にあるものがよくわかったのでしょう。私は『アンの世界地図』の、こういう表現が大好きです。「汲む」という言葉がぴったりだと思います。

 

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第二話・56ページ

しかし、アンの後ろ姿に「神だのみ」をしないかと声をかけたアキの表情はほがらかです。そのあと、参拝方法を教えてあげるアキが、いつにもましてにこやかなのは気のせいでしょうか。やさしい子ですね。

(ここまでで2ポモドーロ)

 

アンは教わった通りに柏手をうってお願い事をします。強く打ちすぎてヒリヒリしている指先がかわいい。

しかしお願い事を言い始めてすぐに「住んでいるところは…………っ……」「……………………………………………………っ………」と言葉に窮してしまい、「どこにも 居場所は」「ありません」と続けます。

 

語り手である「うだつの家」は自分が建っている場所から動けませんから、このお願い事を聞いていないでしょう。しかしもし聞けていたとしたら、どんなことを思ったでしょうか。

衣食住のことは、私は子供の時は何とも思いませんでした。家や服が自分を守っていてくれているだなんて、気づきもしませんでした。それが切に沁みたのは、ボロボロのアパートで暮らしはじめてからです。逆に、すばらしい日本家屋に一晩寝かせてもらったアンは、どんなことを感じたでしょうか。

 

お願い事をいうアンは両の手を組み合わせていて、やはり神様といえば神父様のいる教会のイメージから抜け出せないようです。しかし、そのぎゅっと組んだ手の様子は、アンの切実さをよく示しているような気がしました。

 

さて、アンは最後までお願い事を言い切りました。お祈りする彼女の横顔を見ていたアキは、すっかり真顔に戻っています。

そのあとの会話は、ぎこちないような気まずいような、一歩踏み出す前のあぶなっかしい空気感が伝わってきてとても大好きな場面です。

そのあとのアキの、「よ」を多用する口調もアキらしいな、あるいはこの作者様の作品らしいなと思えて大好きなのですが、

アンにメットをかぶせながら宿泊費を要求するアキがうまくバランスをとってくれます。せりふを変えればきっととてもかっこいいシーンで、ここから恋が始まったりもしそうなものですが、そういう文脈を回避してくれるところに、私はとても安心します。

 

このとき、アンとアキの間をつないだものは、アンのぼろぼろの服をアキが直すという仕事です。もちろん、アキはアンを助けてあげたいと思ったからそういう提案をしているのです。また服を直すということがアンにとってどれだけ重要なのかも、すでに靴下を直してあげたアキは、ある程度感じ取っていたかもしれません。

しかし、アキはアンと契約を結びました。この局面で、こういう対称な関係を結ぼうと提案できるアキと、この作品のことが大好きです。

 

そして帰り道。行きの自転車ではアキの腰や肩に手をおいていたアンですが、今度は背中合わせにして乗っています。宝物の詰まったトランクがあるからなのでしょうけれども、アンが一方的にアキに頼るというのではない、二人の関係性が示されているようで好きです。アキは「民宿屋アキの開業だ!」「稼ぐぞ!」と朗らか。

 

最後にはうだつの家が再登場して、「こんにちはうだつの家です」「明日から民宿うだつに なります」「…………ひとつよろしくお願いします」と締めくくりました。

(ここまでで3ポモドーロ=一時間、計4261文字)

 

 

まとめと感想

今回の語り手は基本的にうだつの家でしたが、ところどころにアンのモノローグが入っていました。やはり、視点はアンにあるようで、アキの心中が言葉で語られることはありませんでした。

 

前回謎としてほのめかされたアキのセクシュアリティについては、宮司さんが「アキくんおはようございます」「今日は巫女のアルバイトの日ではなかったと思うのですが」と、またしても惑わせてくれます。

その「くん」は年配の人特有の、女性にも用いる「くん」なのかどうか、巫女とは、生まれたときに女性と判断された人以外にもできるものなのか……わかりませんのでまた次を楽しみにするとしましょう。

 

また、今回アキが着ていたのは前日と同じ着物に帯の組み合わせ。しかし結び方は、カルタ結びでしょうか、前に記事に書いた前回の帯よりも平面的でシンプルです。

朝起きたときから、今日はアンのトランクを取りに行こう、となると自転車で二人乗りだから、帯がじゃまにならないようにしないと……、とでも思ったのでしょうか。

服を着るって、本当に自分自身が今日をどう生きるかデザインすることなのだなと思います。

 

アキはびんぼうだから家にあった古着を着ているだけだと言いますが、着こなししだいで自在に姿をかえる着物の対応力と、現実に耐えながら受け流してゆくアキの対応力とにはとても通うものを感じます。

自分の体にコルセットを巻き、カラコンをつけて自分自身を作り変えていくアンの戦闘的な対処法とは対照的。どちらがいいというのではなくて、服を着るというのは生きることなのだなと思います。

私も、ちゃんと自分のすきな服を着て、自分として生きたいと、切に感じました。願うだけでなく、自分で実行しさえすればそれでよいことなのですが。

 

 

さて、第一回はわけのわからない長さの記事を書いてしまいましたが、今回はここまでです。

ポモドーロ・テクニックを使って書いてみたところ、ちょうど4ポモドーロですから80分(私は20分を1ポモドーロとしています)。字数は5200字ほどですので、10分で650文字。1分で65文字。一秒に一文字強。もう少しスピードをあげられたらうれしいところです。

 

少し前までは六時をだいぶん回らないと暗くは感じなかったのに、昨日あたりから、5時半を回ると少し手元が暗く感じられるようになってきて、もうすっかり秋の心地です。そろそろ御暇するとしましょう。

 

【追記】せっかく感想を書いているのだから、もうごりごり宣伝しようと思ってリンクを貼ることにしました。私にお金は入りませんが作者さまと出版社さまには入ります。よろしければぜひ。