されど汝は踊らでやまず

タイトルはトーマス・マン作、実吉捷郎訳『トニオ・クレーゲル』(岩波文庫)より // 漫画等の感想を書きます。記事は公開後も推敲します。

『アンの世界地図』全話再読(11)

※『アンの世界地図』2巻11話のネタバレを含みます。

いろいろとやらねばならないことはありますが、とりあえず魂が呼吸するためにはこの作品の感想を書かねばなりませんし、「たましい」を「多摩市い」と変換するIMEのことは断じて許しません。

しかしそんなことを学習させてしまったのは私のタイプミスなのでしょう……私のキーボードは十二分に軽い荷重なのですがそれでも打ち切れないときがあります。精進します。もう少し指の筋力をつけたいです。

 

扉絵

第11話の扉絵はアン。そういえば、わりあい最近はアンが一人で映っているショットが多いように思います。序盤はアンとアキのツーショットが多かったのですが。

 

さて今回のアンはバレエのトウシューズのような靴をはいて、レースが印象的なドレスの裾をつまんで前回手に入れたエコでロハスなお箸の上を渡っています。頭の上には何冊もの本、すっかり器用になられました。

ドレスがとても特徴的なので、どういったルーツのドレスなのか気になります。ローブ・ア・ラ・フランセーズのようなものではなくて、しいていえば作中一番最初にアンが着ていたロリィタ服に似ているのですが、やはりフランスの文化につらなるものなのでしょうか。

頭はなにかドレスと同じようなレースをぐるりと一周させていて、しかも何かボンネットのようなお帽子もつけています。

そもそもの話こういった曲芸があるのでしょうか。無知は切ないです……。

 

 

11話の流れ

まず登場したのは語り手・うだつの家。「みみかきってお好きですか」と問いかけてきます。うだつの家に耳はありませんが、屋根にたまった台風のごみをかきだしてもらってご満悦の様子です。

 

はしごに登って台風のごみを処分してくれた手の主はマサ兄でした。はしごをおさえつつ、上から降ってくるゴミを体で受け止めていたのはキヨ兄。

アキは「これで前回の一件は水に流すことにするよキヨ兄!」といい笑顔ですが、マサ兄は別に何もしていないどころかただお世話になっただけですよねアキ?

アキが麦茶かなにかを持ってきてくれた後も、マサ兄は庭を掃いています。いずれにせよよく働く人なのですね。

 

ふてくされていたアンはアキに促されて出てきます。なんやかんやいってさっぱりしたところのあるキヨ兄と、なんやかんやいって頑固で打たれ強いアンの戦いは個人的に小気味よくて大好きなので、どんどんやっていただきたいです。

しかしアンは「つい先日殴りあってたのに」と言いますが、正確にはアキが一方的に殴っていました。キヨ兄は反撃していませんよアン?

アンもアキもこういうところが絶妙にかわいいです。

 

ともあれ、なんやかんややねややねや言いつつ、アンはやねやさんという新たな仕事を覚えました。私も覚えました。

 

 

いつもどおり、アンとアキの装いを確認しておこうと思います。

アンは第一話から登場しているドレスで、髪型がとってもかわいいです。このドレス自体がまずとても似合っていてかわいいのですが、その上この髪型……今までで一番好きかもしれません。

アキは流水紋の着物ですが、長襦袢はなしでお太鼓です。マサじいがやってきた4話で着ていたものとおそらく同じものでしょう。

キヨ兄はいつも同じような服ですが……アンの箸使いが直っていることに気が付きました。それでもお茶碗の持ち方がよくないといわれて、アンは悔しそう。

キヨ兄は神主さんの跡取りとして生まれたので、食事についてはことさら厳しく育てられたのでした。

 

その上親に縛られて自由がないというキヨ兄と、「貧乏だからこそなんの自由もない」アンの間でまた戦争勃発です。

マサ兄の「あーいい加減にしろお前ら どっちも欲しいもんは後からでも取り返して好きに生きろ 助けが必要なら言え」が至言すぎて参ってしまいます。

 

すねつつも帰宅の途についたキヨ兄に、アキはフォローを入れますが、それでもちょっと小生意気。「ほんまかわいないわ お前」とかえすキヨ兄の笑顔が優しいです。

アキはいい幼馴染に恵まれましたね。

 

 

一方アンはキヨ兄にばかにされたのがやはり嫌な様子です。

ここでのいじけ方がキヨ兄そっくりでかわいいのですが、アンの場合はそれだけではありません。

「わたし……他人にばかにされるのって……」「全然へいきなほうだったんですけれども」「キヨヒコさんに言われるとつらくて……くやしくて」というアンを見るアキの目がまたとても優しいです。

「プライドが表に出てきたんだね いいことだ」「…プライド?ですか?」「女の子にとってとても大切なものだよ」

また至言がでてきてしまいました。

 

 

それから、アンはアキにお茶碗の持ち方を教わります。

しかしここでお茶碗が割れてしまう悲劇が。アキの気に入った器を割ってしまって、アンは涙し震えています。

アンが「プラスチックのお茶碗で練習すればよかった」というのを聞いて、アキははっとしたようにアンを見つめ、手を握って励ましました。

本当に気にしないでよい、乱暴にしたら壊れてしまうものを日常的に扱うことで、手の所作が大切にていねいになるのだと。

アキもこどものころは陶器のお茶碗でしつけられたのだそうです。その頃を思い出して「そしてしょっちゅう割って地獄のような折檻が」「……あ~……」と言うアキのほうが、今度は震えています。

 

その次の99ページ(ノンブルがかわいいです)は、もしかしたらあの御方の初登場シーンでしょうか。アキの貴重な洋装シーンでもあります。

アキは「どっちのほうが本当の意味で子どもを幸福にするんだろう」となかば一人言のように疑問を呈します。

「どっち」というのは、この文脈ではプラスチックのお茶碗と、陶器のお茶碗でしょう。

いくらでも壊してよい練習台か、いつも本番のつもりで日常を暮らすのか。

たしかにどちらでしょうね……。

しかしこのせりふは太い黒枠がついていますが、重要なせりふなのでしょうか。私が何かを捉えそこなっているような気がします。

 

さてそれはともかく、アンの手はアキにずっと握られて真っ赤になってしまいました。やはりもしかして握力にそれなりの差があるのでしょうか。

しかしアキはあまり気にしていない様子で、結局「これはぼくの大切なお茶碗だけれど」「アンよりも大切なものなんてないから」「気にしなくていいんだよ」「……とぼくなら言いたいかな」「うちんくではほうしょうか」というところに落着します。

 

ちょっとうだつの家の主人然としたところを見せたアキ(本当の家主が別にいることをもちろん私は知っていますが…… )。アンがハートマークを飛ばしながら飛びつくのも納得のかっこよさです。

こう思ってしまうあたり、自分の中に家父長制が染み付いているのだろうか?と自己批判しましたが、アキが「うちんく」と言っているのですし、「気にしなくていい」という言葉はやはり、セクシュアリティに関わらずかっこいいものだと思います。

 

ただ、それはそれとして、アキは「アンはおいしそうにニコニコかわいく食べているよ?料理をしたぼくはいつも嬉しくなる」とも言っていました。そんなことを言われたら私だったら一瞬で恋に落ちています。そんなことをひょいひょい言ったら危険ですよ、アキ。

今回のアキは表情豊かでかわいいしかっこいいし優しいし……アンとアキが二人でいるところを見ると嬉しくなります。

 

 

締めくくりそうになってしまいましたが、アキの活躍はまだまだ続きます。

30円のお豆腐を使って、個性豊かな食器が「びんぼうめしの強い味方」であることを実演してくれたのです。

なお、些末なことながら、アキはお豆腐を「トーフ」と呼ぶのですね。何でも「お」をつけそうな気がしていたのですがそうでもないようでした。

 

アキは喜ぶアンに「うつわってファンタジーでしょ」「君のドレスみたいなものかも」と声をかけます。これは大事なせりふです。これはわかります。

そしてアキは、先ほど割れてしまったお茶碗が大谷焼という地元の器だと教えてくれました。買ってお返ししたいというアンを、なにか初めて羽ばたきができた雛を見る親鳥のような眼差しでアキは見守ります。

 

かくして、アンのお小遣いでお茶碗を新しく買うために、二人は次のおやすみに汽車に乗ってお出かけすることになりました。「ファンタジーを探しにゆく旅ですね!」と張り切るアン。最後はうだつの家が「ロココ大谷焼は……ないと思います」と言って締めくくりました。

 

 

まとめ

今回はうだつの家のメンテナンスをしつつ、9話で大喧嘩したキヨ兄と仲直りしました。台風一過の10話のアキは立涌文様の着物を着ていましたから、さらにそれから一日以上たっているようです。

それはすなわち、アンのうだつの家滞在開始から8~9日たっているということを示します。そろそろ本格的に、日付の感覚が揺らいできました。次回以降を知っている読者としては、この揺らぎが実に巧みで好きです。

 

今回の語り手は最初と最後がうだつの家、中盤は全知の視点からの客観的な描写が続きます。久々のうだつの家での日常パートでした。

しかし日常パートのほうが内容が濃いような気がするから不思議なものです。特にマサ兄とキヨ兄の会話は、さすがに年齢が上なだけあって内容が濃いのでついていくのが大変です。

同時に、絶妙に年下らしいアキとアンのかわいさが際立つ回でもありました。

アキの器との付き合い方にも学ばされるところがたくさんありましたし、マサ兄やアキの至言もありました。

生きていくための小さな知恵が詰まったような、おかずがいっぱいのご飯のような、一見地味ながらに密度の高い回だったと思います。

 

 

特に「プライド」のあたりなどは、作品の中でのキャラクターのやり取りなのですが、まるで第三の壁を超えて読者に語りかけてもいるような……児童文学のような味わいを感じました。

そういう私は児童文学をほとんど読まずに育っています。『モモ』も読んだことがありません。周りの「いいお家」の「すてきな」人達は皆児童文学育ちなものですから、児童文学に対してはコンプレックスを抱いていたのですが、今はじめて、児童文学に興味が湧いてきました。

児童文学というものはその性質上、作中人物間のコミュニケーションのみならず、作者と読者の間にも強いコミュニケーションが成立しているはずです……、それは実に興味深いことです。

 

 

ファンタジーというキーワードが出てきたことも、もちろん見過ごせません。

作中では初出のような気がしているのですが、どうだったでしょうか……確認せねばなりませんが、もし初出だったのだとすれば、この言葉を発したのはアキだったのですね。

ファンタジーによって生きていたのは、今回アキも言っていた通りアンのほうですが、それを見て「ファンタジー」と言語化したのはアキだったのでしょうか。これは要確認です。

 

 

しかし、何となく読んでいた限りではアキがアンを優しく導いてくれた印象が強かったのですが、こうして振り返るとアキによる生活講座は一巻の1~3話、そして2巻の今回(11話)くらいだったのですね。

『アンの世界地図』100巻くらいまで続いてほしい……!もっとアキのうちんくのうんちくを聞きたい……!

 

と嘆いたところでもう完結していますし、次回は大谷焼の窯元さんのところに行くはずです。

ついにそのときがきてしまいました、板東俘虜収容所編……!

楽しみです、ドキドキです、明日は私もブルストをいただきます。

 

そして、せっかく各話感想を書いているのだから、もうごりごり宣伝しようと思ってリンクを貼ることにしました。私にお金は入りませんが作者さまと出版社さまには入ります。