されど汝は踊らでやまず

タイトルはトーマス・マン作、実吉捷郎訳『トニオ・クレーゲル』(岩波文庫)より // 漫画等の感想を書きます。記事は公開後も推敲します。

『ゴールデンカムイ』各話シンプル感想その1(1巻・1話~9巻・90話)

ゴールデンカムイ』の全話無料公開が何度か行われた際に書いていた感想や気になることメモをまとめておきます。

つづきはこちら 1~9巻 10~21巻 22巻~28巻 最終話まで

  • ネタバレをしすぎないようにしたつもりですがそれでもネタバレ注意です。
  • 申し訳ないくらい長いです。それでも言葉たらずなところが多いので、後日多少追記するかもしれません。
  • リアルタイムで一話ずつ読みながら書いていたものなので、間違っていることや、後から判明する点なども書いていたりしますが、そのままのせています。
  • 箇条書きで、あまり激しいネタバレにならないように気をつけて書いているので、意味がわからないこともあるかもしれません。
  • 箇条書きの体裁ととのえてなくてみづらくてごめんなさい……
  • ちょっと脱線することだとか補足事項は脚注にまわしています。

 

 

 

1巻

3話

・「リスは横着して楽な通り道を選ぶ」こういう台詞に現れる自然観、世界観、すき

リスという他者と向き合うために相手の目線に立っているのだけど、「相手の身になる」というのとはちょっと次元の違う深度だと思う、自然との一体化というような言葉じゃ生ぬるいような

・「樹上地衣類の「サルオガゼ」が透き通った緑色のノレンのように垂れ下がっていた」美しいし「ノレン」というのがよい

そのノレンをくぐって土地の世界に入ってゆく、という感覚がある

・春を鬻ぐ皆さんがアシリパさんに優しいのもすきというか読み手としてのこちらのスタンスがある程度定まるので助かる描写*1

 

4話

アシリパさん鉛筆に出会う

それは文字に書き残す道具、時間や空間の隔たりを超えて、人から人へ伝え残していく術(cf.知里幸恵アイヌ神謡集』)

・鉛筆5本でアンパン1個(1銭)

序盤で経済感覚を明示する、しかも身近なものを通じて示すのはさすが 読み手としては断然この世界に入りやすくなる

アシリパさんと杉元で相補う戦闘

 

5話

・チタタプ&ヒンナでアシリパさんと杉元の関係性の確認完了。食事をともにするということ、相手の文化を受け入れるということ、

前回すでに実質的なタッグを組んでいたとはいえ、ここで丁寧に確認し合うのがよいなあ、一種の儀礼でもあるかな

・「うまいか?」「うん」の問答とあの渋面がとてもいい。コミュニケーションを取る意志、相手の文化を尊重する意志の表明として「うまいか?」には言葉で「うん」と答える。でも実際自分の文化としてはなかなか受け入れにくいところもある、そこで無理はしない。こういうところに、違う者同士のままで尊重しあうことはどういうことかのヒントがあるような気がしています。

 

6話

・狩りとは他の生き物の世界の感じ取り方を共有すること、相手の世界の見方を追って、殺して食べて、その一連のすべてにおいて相手の命に自分の命を重ね合わせる

・「慣れる必要がどこにある」至言

差別、(いじめを含む)暴力、迫害、すべてが「する」側の問題なのだから、「される」側の問題ではないのだから

・サブタイトルは「迫害」

 

7話

・シサムの杉元が「シタッ」という

「白樺の樹皮」というものを世界から分節できる言葉がシサムの言葉にはないんだ

杉元はアイヌの言葉に触れることで、「白樺の樹皮」を他のものと区別して捉える視点を得た

・go to小樽で1巻完

 

 

2巻

8話

・「イーッと鳴く小さいもの」うさぎに声帯はないのでそれは今際の叫び、死の淵の叫びにより定義される生物

そしてその定義するときの目線は、もちろんうさぎではなくて人間の立場から見たもの。狩りはうさぎの立場にたってうさぎの目線にそっていくけれど、言葉はあくまでも人間の目線から発するものなのですね、そうか……

(『ゴールデンカムイ』の話から脱線してしまいますが、私は詩なんかの言語芸術を愛する人間なので、この狩りと名前の違いに、言葉というものの一方通行性、暴力性というものに改めて気づかせてもらって感じ入りました)

 

9話

・「日露戦争へは63名のアイヌ民族が従軍したという」このナレーションを入れるところから窺われる視野の広さと深さ、すき

 

10話

・軍人とのやり取りではさすが杉元、これを見ると前話のアシリパさんは子供だったと思う

けど子供が子供であるのがこの作品のよいところの一つ

 

11話

・日本語を使うアイヌは3割

・東北マタギの血

 

12話

・シンナキサラ(変な耳)

耳という着眼点、人の耳というものを私はこれまでそんなに一生懸命に見てきたことがあっただろうか

・結婚を薦めるフチ、恋愛要素の出し方と相対化が実に巧み。恋愛要素を一切出さないとそれはそれで恋愛というものに対して何もできない、乗り越えていくには登場はさせないといけない

 

13話

・鶴見中尉の変な汁初登場、ここからこういう漫画になってくのだな

 

14話

・兎に続く出落ちカワウソ

前話の罠の回収でもある

 

16話

・さらにカワウソ忘れ物フラグ回収、本当に情報回収が丁寧!

回収というよりも先に予告しておくというほうがこの作品には合っているかもしれない、

今まで0だったものを突然登場させるのではなくて、先に1くらい出して読者の視界に入れておいて、後日また改めて登場させる 学校の先生のような説明の上手さ

 

17話

・白石も回収

・名乗り!

 

3巻

18話

アシリパさんの完璧な「不死身の杉元」分析

こういう台詞が上滑りして陳腐にならない少年・青年漫画はいいな

3巻に入ったタイミングで1・2話の理解が深まるのもいい

 

20話

・お見通しのアシリパさん

オソマで関係修復&トリオ結成

 

21話

新選組登場が腑に落ちる

・狩りで再度タッグを組むのいい

 

22話

・二組の狩り、ユクと暮らすアイヌ、熊と勝負する二瓶

 

23話

・初勃起、ここからこういう漫画になっていくんだな

・寅次、杉元、鶴見、土方、谷垣、これは戦争の後に帰るところに帰ることができなくなった人間たちの物語

「コレヨリノチノヨニウマレテヨイオトキケ」

 

24話

・銃声を聞き分ける谷垣

・「傷口の血が……ツララになって揺れていた ツララを融かす体温も残っていないのに」「こいつは俺だ…」

アイヌアシリパさんとは違うが、東北マタギだからか、やはり狩りをするものの獲物との独特の関係性を感じる。

今回の「こいつは俺だ…」と、アシリパさんが獲物の世界の捉え方を共有しているあたりだとかは、人間とは何かということを根源からゆるがしているという意味で、詩的だ(私は詩が好きなのだけど、詩とは人間の日常を破壊するものだと捉えている。ちょっとうわべだけ美しいものなんて詩とはよばない、美しいなら美しいで、人間を根底から揺り動かすような美しさでなくては詩とは呼べない)。

 

25話

アイヌの信仰を合理的に受け止めるアシリパさんと「狩猟のために理にかなった」マタギの信仰 地理的にあまり遠くない(あまり、だけど)からか、前話とあわせてどこか通うところがある気はするなあ

・金塊を物語に復帰させる白石*2

 

26~8話

・狼と人/入墨人皮、交わらない物語の二重奏

 

 

4巻(28話~)

29話

・サブタイトル「老人と山」ヘミングウェイよまなくちゃね

・「コレヨリノチノ……」戦中いえなかった言葉

死者の弔いは生者にしかできないこと、そして死者以上に生き残った者のために必要なこと。これを言えたことでようやく谷垣はあの戦争から生還し始めたんだろうな、逆説的なんだけれども

 

30話

・メノコイタすげえ

・「俺の相棒」

・ルイペすげえ

・フチ、谷垣が出会う時、伝承が国家予算と土方、鶴見各々の野心に繋がるのほんとすごい

 

31話

・津山事件連想しますね

・杉元は読者と物語内世界のいいパイプ役、ナイス視点人物

 

32話

・箸休めビッグバード

 

33話

・雪の石垣の描写に漲る知性

 

34話

赤毛連盟?

和泉守兼定

 

35話

・白石の白石化が進んできた

 

36話

・川は運搬手段

・白石かっこいいけど報連相を頼む

 

37話

アシリパさんと白石と杉元、動機や内心が同じじゃないのがすき。一緒じゃなくても協力も共存もできる

アシリパさんの動機は叔父=オソマパパ?キロランケ?

 

38話

・牛山からの辺見

ヒソカタイプの股間

 

5巻

39話

・ニシン漁と綿花栽培、作品作物か

アイヌの一次産業は今ここで人間が生きるためのもの、もらった命をすぐに食べて、あるいは衣にして、そのまま自分の命に重ね合わせていく

作品作物の場合はニシンと人間の間に数ステップの段階がある、人間はニシンと直接的な関係を結べない、命をそのまま受け取ることができない、その隔たり

 

40話

・鶴見中尉はピアノを弾ける

アシリパさんの状況把握力

 

41話

・杉元たちがそれぞれ別のことを考えながらともにある本作においては、辺見の杉元に対する思い込みもそれはそれでよし、と思えた。非常に独りよがりかつ攻撃的でストレートに有害だが、実際杉元は辺見の思い自体は否定しない。

まあ問題は行動、なのかな、

 

42話

・「こいつが一番おっかねえ」

 

43話

・阿仁マタギって?

・尾形は玉井(反鶴見)側だった、忘れてた

 

44話

・第七も第一も皆アメリカに詳しい、研究してたのかな

 

45話

・サブタイトル「マタギの谷垣」

谷垣の葛藤を二瓶のエピソードで一度に解決しきらなかったの本当にすき、人間ってそんな一気に変わらないし、大事なことほど受け止めるのに時間がかかるよね

キャラクターレベルの見方を離れて作品レベルでいえば、情報を一度に出しきらずに段階を踏む姿勢がやっぱりここでも通っていて上手。

読者にとって唐突感がないというのが第一にあるんだけど、加えて読者に「じゃあちょっと二瓶のとこ読み返さなきゃ」って気持ちにさせるのが上手、そうやって読み返しているうちに作品への愛着も強まるのだから

・勃起受け継いじゃったか

 

47話

・南側の樹皮は「せなか」北側は「おなか」、すき

人と自然の間の近さ 言葉をしゃべるかどうかなんて些細なこと

・オヒョウがシサムの語彙に変換されないのすき、7話の「シタッ」とおなじような感じで

・キロランケ別の村だったか

 

48話

・魚皮衣!アムール川の鮭のは文化服装学院の博物館で見たことある、ここではイトウ

・煙草すいっこがアイヌの男性の挨拶

・63人の一人!

・そうか、日露って川の人々の文化圏で起こった戦争なのか*3

・聯隊の編成図で一人一人がいかにただの駒か痛感された直後の「英雄」は皮肉でいい

・次巻に向け盛りに盛る

・この国境の跨ぎ方、和人対アイヌ大日本帝国ロシア帝国の軸をさらりと超えていくの、ただ興奮する

 

 

6巻

49話

・キロランケやはりアムール川流域から

・シンナキサラ

・元工兵

鶴見の話と符合するのたまらない

 

50話

・47話のアットゥシを回収する谷垣

本当にいつも新情報の出し方が丁寧

 

51話

・札幌には農業顧問として招聘されたアメリカ人多い

なるほどな、第一・第七師団ともにアメリカに詳しいなと思ってましたが(44話)そういう事情もあるか

・ホテルの元ネタ何だっけ?

 

52話

・札幌ビール大瓶19銭 経済情報助かります

 

55話

・杉元たちは日高へ、土方たち、尾形は茨戸へ

 

56話

・尾形は馬吉、土方は日泥

・サブタイ「松前藩

 

58話

・尾形は師団長花沢中将の息

 

59話

・元ネタ!

・こまざらい回収

・尾形と土方タッグ

 

 

7巻

60話

・杉元たちは札幌の南60kmほど

・「誑かす狐」と狐罠に嵌った白石(土方内通疑惑あり)

疑心暗鬼ですね

・札幌競馬

・二人目の狐、インカラマッと新しいアイヌの女の関係

・苫小牧の草競馬、漁業、製紙、マッチ、コークス工場

 

61話

日露戦争→軍馬改良・賠償金不満そらし→競馬

・アナ馬券は5円!

・キロランケは馬に乗って育った

 

63話

・トッカリ、あの序盤のスキーみたいに滑り降りる技を思い出す

・札幌の可愛子チャン(家永)

・久々の対面の女性同士の挨拶はさすりあいっこ、ウリルイェ

60話で女同士(アシリパとインカラマッ)の関係に注目しはじめたところでこういう情報をもらえるのはうれしい

・大叔母と囚人後補双方にダンと因縁あり

 

64話

・不死身のヒグマ、花嫁衣装、それぞれの因縁

・馬好きキロちゃ

・オナラへの杉元の羞恥心、こういう描写大切だと思う、男性の性に対する繊細さだとか羞恥心だとか、こういうものを封じ込めずにちゃんと描くこと。

こういうことが「男らしさ」の自縄自縛から男性が抜け出すことにつながっていくのだと思う。男性を救えるのは男性なので頑張ってほしい*4

 

65話

・「自然をねじ伏せて生きねば我々開拓民に明日はない」と語るダンの足元は狼の毛皮があり、背後の壁にはアイヌの弓、刀等がある

狩りの描写によくあらわれていたように、自然対人間のはざ間、単純な二項対立を超えたところにアイヌがいる、だからこそ次のページのアシリパの渋面もある

・狼を殺すダン、レタラを生かしたアシリパ

 

66話

・苫小牧から直々に追ってきた若山、手下を茨戸の馬吉に貸していた

・ヤクザだと例の暗号も下半身か、こういう新鮮味の出し方もある、と…

 

69話

・友達のフォード君

・ヒグマや狼に手を下させて物語を進めてるのか、カムイだしな

 

8巻

70話

・牛山家永尾形土方尾形(白石)のチーム札幌、6枚入手

パルチザンとしてアイヌを騙しつつ、アイヌ流の鎮魂を行うのっぺらぼうの背中、ページをめくるとこちらを向いた同郷のキロランケが、アシリパの大叔母の花嫁衣装を取り返し喜んでいる

・「ダンさんあんた悪い人じゃ無さそう」このバランスすき。そう、悪い人かどうかの話じゃないんだ

・杉元も6枚

・ダンを殺さなかったからこそ夕張情報を得られた

 

71話

・夕張は炭鉱の街、

身元の不確かな坑夫の新鮮な事故死体が容易に入手保管可能で江戸貝くんhappy、都市に紛れたい入墨囚人もhappy

・腰板や窓の形が実に明治の洋館、衣紋掛けなども

 

73話

・マッネパ

 

74話

・からのインカラマッ

・チカパシ

・インカラマッの予言

 

75話

・フチの心労

・チカパシと疱瘡

・谷垣は妹の敵討のため入隊、心労で母他界

・杉元QP

 

76話

・唐突にも思えた75話の回想が当事者目線では唐突どころか疱瘡で完璧に繋がってるのよい

・「その命をどうやって使うか」

・「俺の役目」を探す谷垣、あくまで彼を使う気の鶴見

 

78話

・ゆうばり苦うばり坂ばかり

・「くさい台詞で若者を乗せるのがお上手ですね鶴見中尉殿」の後ろの鶴見人形

・鶴見配下の月島、尾形、白石&杉元集結

・「選炭婦」このナレーション信頼不可避

 

79話

・こういう炭鉱の描写のためにどんな勉強しないとできないのかだけは私にもわかる、私も勉強したい

 

80話

・杉元白石-牛山-尾形(白石)でパイプが繋がる

・鶴見は小樽

・鉄とタンニン鞣し

・「彼の命と引き換えた(中略)決して無駄には使うまい」で8巻完

・鶴見と江戸貝くんや親ぷんと姫、あるいは一方的だけど辺見と杉元、この作品において戯画化されている人間関係のことをちゃんと考えたいところ。それでいいのか、それがいいのか、それではいけないのか。

 

 

9巻

81話

・杉元-キロランケ-土方-白石で鎖が繋がる

・のっぺらぼう娘の発言を遮る土方に私の理解が及んでない

・杉元、当座の金よりのっぺらぼう探しを今は優先すると明言、アシリパさんにも伝わった

・最後の晩餐はアシリパジーザス、ヨハネ:白石、ユダ:キロランケ、ペテロ:杉元。銀貨に当たる持ち物はなし、パンはお湯のみ?

・なんこ鍋、炭坑夫の郷土料理

 

82話

next destination:月形の贋作者

道程は小樽から網走目指して東進→南にぶれて→小樽の真東の月形に戻るという流れ

・土方尾形の連携

・偽物出現で土方にものっぺらぼうに会う必要ができたと

・牛尾杉ア/家土永に分裂

・無言で燃える剥製と耳口元固定メットの弟の慟哭

・白石どこ

 

83話

・人目を避ける=野を行くことになるので、結果的に尾形もアシリパさんのお食事洗礼を受け、ヒンナ儀礼(杉元は5話)も行う、よくできている

・「ヤマシギが通りたくなる通路」やっぱり相手の目線の狩り、すき

・白石顔が広い

 

84話

キリスト教教誨あったのか

 

85話

・自ら監獄を尋ね回った結果の脱獄王

・辺見と仲良かった

・ツッコミのできるキロランケ

 

86話

・樺戸には土方永倉も因縁

・白石にしてやられていた看守長殿の「剣士の端くれ」としての姿が見れるのいい

・犬童典獄は今網走にいると

 

87話

・茨戸でインカラマッ・チカパシ・谷垣チーム結成

 

88話

・ブクサ、フラルイキナ、確かにでてきてた!

・杉元の礼儀作法と『アシリパさんが「刺繍に夢中」』への反応速度愛しい、この人のアイヌアシリパさんを尊重しようとする気持ちはうわっつらのものじゃないんだってわかる

アイヌのこととなると当然理解が十分及ばない部分はあるだろうけれど、でも理解できなくても尊重はできるんだって、特段学があるわけでもアイヌにゆかりがあるわけでもない杉元が示してくれている

*5

 

89話

・『地獄の黙示録』はわからないが『地獄の黙示録』のパロディであることはわかる

 

90話

・ヒグマ山に戻れてよかた

・「真作を…凌駕してやろうという執念があった…」「本物の作品を作りたかった」「観た者の人生を……ガラッと変えてしまうような……」

私はいわゆるアートとかいうやつが全般すきなもので、ちょっと正直ぐっときてしまった、「本物」とは何かをつきつめるなら、贋作というのは最もその先鋭的な手段になるのか、なるほどな

・杉元のもたらした酸鼻からの白石悪夢はいい流れ

 

 

つづきは別記事に追加していきます↓

ゴールデンカムイ各話シンプル感想

つづきはこちら 1~9巻 10~21巻 22巻~28巻 最終話まで

 

*1:社会的マイノリティや弱者の描き方からは意識レベルがある程度うかがわれます。そのレベルが低いと(現代の作品の場合は)作品に対する信頼が下がってしまって、読み手として描写の意味を深彫りしたいときでも「でもあの意識レベルの作品なんだから、そこまで深く理解することはできないんじゃないか、そこまでの読み込みに耐えないんじゃないか」という判断が働いてしまいます。たとえば「意識レベル」を「古代文明」にたとえてみると……かつて高度な古代文明が築かれていたことが判明している土地で、見事な巨岩が出土したら「古代の王が宮殿を作るのに運ばせた岩かも?」という可能性を考えることができるけれど、古代文明がなかったことが判明している土地で出土しても「偶然川が運んできたのかな」「自然にできたものかな」と考えることしかできない、というような感じです。あと、私が今言ったことは、「かつて実際に行われた差別も描いてはいけない、現代の基準にあわせて修正して描け、なかったことにしろ」ということではありません。たとえば現代の目から見て差別が描かれていても、作品が差別を描いていることに自覚的だと読み取ることができるなら、意識レベルは十分にあると判断できます。なお、その読者に「作品が差別を描いていることに自覚的だと読み取」らせるのには、なかなか技術がいるように思いますので、このあたりの意識レベルが高い作品は結局あらゆる面で面白いことが多いと思っています。

*2:25話の感想を書いた時点では、たしか作品は樺太に渡ったあたりまでしか進んでいなかった気がする。最終話まで読んでみたら、最後まで白石が金塊をストーリーの中に組み込む役割を担っていたので、一貫性にびっくりした。金塊のマネージャーか何か?

*3:後日私は、日露戦争に対する自分の認識の甘さを反省しました。日露戦争大日本帝国ロシア帝国という二つの帝国主義がぶつかった戦争であったこと、戦場になったのはその両国どちらの国土でもない、侵略を受けた国や地域であったことを十分認識していなかったと思います。これは私の反省です。

ゴールデンカムイ』という作品も、日露戦争侵略戦争として描いてはいるのですが、侵略された土地の人々を全く登場させていないというところはやはり気がかりです。

*4:この作品の「男らしさ」との付き合い方を、私は肯定的に評価しています。

まあ、本当は、細かいところで気になるところは色々あります。表面的には男性性を乗り越えているように見えても実はそうではない部分だとかもあると思います。あと細かくないところでは、谷垣があまりにも自分の意志に関係なくセクシャルに扱われすぎているのは気がかりです。従来女性キャラクターが置かれがちだったポジションのカウンターなのはわかりますが、それでも搾取的ではないでしょうか。

ただ同時に、現代のような過渡期のカウンターはちょっとやりすぎなくらいじゃないと効果を発揮できないだろうとは思っています。また谷垣もそれと並行して彼の意志で性的な関係を持ち家族を作っていて、完全に主体性を奪われているわけではない(むしろ誰よりも主体性を取り戻す)というフォローが入っているのも確認できます。そのへんの、危なっかしいところがありつつも最終的になんとかする巧みさ、バランス感覚があるので、私は強くは批判できません。私はこの危なっかしい巧みさのことを、敬意とともに警戒しています。

でも「警戒している」というのは、私がこの作品のことを嫌っているという意味ではありません。主観的な感情の話ではないからです。また部分的に批判し警戒しているからといって、この作品に価値がないと思っているわけでもありません。優れているからこそ影響力も大きいだろうと思って、それで警戒するわけです。

完璧な作品しか評価したり愛してはならないのであれば、私は『ゴールデンカムイ』を評価したり愛したりできないことになってしまいますが、しかし、完璧でないといけないのなら、誰も最初の一歩を踏み出せません。『ゴールデンカムイ』が男性性を乗り越えていった一番最初の例なわけではないでしょうが、しかし目立つ存在ではあるではずです。その足跡は、きっと後に続く者の励ましになるでしょう。そして、『ゴールデンカムイ』の足跡がよろめいているところがあれば、後に続く者たちも注意することができるでしょう。私は警戒しながら評価します(この言い方は偉そうかもしれませんが……)。評価しているからこそ警戒します。

*5:ちょっと話がそれますが、差別されている人や社会的弱者、マイノリティなどに対する「理解」が必要だという言説のことは、私は基本的に信頼できません。違う人間同士で理解なんてしきれるはずがないんだから、理解できない人間同士でも共存するための対等な権利と、誰かを苦しめることのない社会の仕組み(法律等のルールと、暗黙の了解としてつくられてきた慣習やイメージ、マナー等全部をまとめてこう言っています)を作るのが第一でしょう。

だいたいマイノリティがほかの誰かの「理解」を得ないといけないっていうのは、弱者を見下して、しかもそのまま弱者として据え置きにしようとしていないですか。他人に「理解」したり認めてもらわなくてもその人はその人として生きていける状態にすべきなのではないですか。「理解」っていう言葉の背景には「かわいそうな○○が○○でいる権利を、「普通の人間」様がお優しいことにわざわざ認めてあげます」というような権力勾配が無自覚に隠れていそうだと思っています。その無自覚さや悪意のなさこそが差別の温床なのだと、マジョリティ側は自覚する必要があると思っています。自戒をこめて。