されど汝は踊らでやまず

Ich möchte schlafen, aber du mußt tanzen.

アキのおきもの

さて、準備運動にアキのおきものの話。

 

アキの質素にして豊かな暮らしぶりを体現しているのが、着物姿です。

わたしも、以前は少し着付けを習っていました。
浴衣から振袖まで、一応へたくそなりに自装できます。
ただ、最近はもう全然着る機会もなく…
お出かけ着しか持っていない(母のおふる)ので、どうも気軽に着られないのです。

 

一方アキが着ているのは、完全に普段着としての着物。
小紋に半幅、下駄のすきっとしたいでたちに、必要に応じて割烹着など。
それがほんとうに魅力的で、アキの着てるもの一式真似したいくらい…

 

コーディネートもさることながら、とかく見ていて心地良いのはその着方。
体にぴったり合うものを丁寧に身につけるうれしさと、
その格好でいっぱい働いた一日のよろこび、

そういうものが、アキのぴっしりきれいな衿元と対照的な胸のあたり、

働いてゆるんだ布地が帯にのるあたりに見えるような気がして、

わたしはとても好きです。

 

着付けの先生は「しわ1つないよりも、少し胸紐のあたりがたるむくらいの
ほうがいかにも着慣れていて素敵だったりするものですよ」と
おっしゃってましたが…これのことだったのか、とようやくわかりました。

そんなわけで、1巻から3箇所、お着物をピックアップ。

 

『アンの世界地図』は、セクシュアリティやファッションを

とても大事にしている作品なので、アキの着物については

もっというべきことがあるのですが…今しばらくは深入りしません。


おつとめのあとは半幅で原付


一話。巫女のバイトを終えて、いきなり生着替えを披露してくださったアキさん。
その場面も好きなのですが(伊達締めの「くい」!)
やはり着物とメット、帯と原付の取り合わせは最高です。

 

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博多織を角出し風に結んで、原付にまたがり夜道を走るなんて、
これほど楽しいことがほかにあるでしょうか?

 

この帯結び、ぴっとしまって心地よく、

落ち着きと軽さが共存していて、わたしも大好きです。
なにか涼しげな名前もあった気がしますが、実際、
手先が風を受ける感じがバイト終わりの開放感と初夏の頃合い、
そして何より原付にぴったり。


軽やかつばめに重たげお太鼓

こちらは3話から。長襦袢なしのつばめ、単衣でしょうか?
暑いのでしょうね。
鎖骨の見えるしどけなさと、たすきを掛けたまじめぶり、
ちょっと目に毒なコントラストです。
帯は何でしょう、わかりませんが何となくざくっとした感じ。
枕なしのお太鼓がたるんと重たげで、それがなんだかかえって夏らしいですね。
【追記】他の場面を見たら、角出しでした。どうもアキは角出しがお好きみたい。

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アキはほっそりしているから、
体の薄さが際立つ着物に、けだるい大きなお太鼓のアンバランスがより利いて、
とても色っぽい感じがします。

しかし3話にしてこのリラックスした感じ。アキもアンにずいぶん早く慣れたんだなあ、
アキにとってもアンが来てくれたことはありがたかったんだなあ、と
読み返して気づきます。


井戸の前の子ども

最後にとりあげるのは、もう一度第一話。
この作品は驚くべきことに語り手が「家」なのですね。
近世から近代、現代をまたがっていく家族や土地の歴史を切り取る上で、
大変有効な方法だと思います。
「家が人間のことばでしゃべる」ことは、まあ現実では考えにくいでしょう。
(人語以外の言葉では何かしらメッセージを発することがあるかもしれませんが)
しかしそのありえなさが、絶妙な茶目っ気やいい意味での隙を物語に与えてくれます。
こういう地に足がのめりこむほどつきつつ、ちらちら現実からはみ出していくような趣、
ジャンルを問わずすきです。これでこそ現代のフィクション!と讃えたい気持ち。
この作品は語りの視点のスライドのさせ方も実に巧みなのです。

少しそれました。
さてその語り手、「うだつの家」が、一人の子どもを心配しています。
おかっぱの、眉がけざけざと美しい10代の子ども。
一巻を読んだときは、アキの過去に何があったのかしらね、

と軽く読み過ごした場面でした。
しかし…


(以後5巻の内容をかすめますからお気をつけください)

 

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帯です。
アキが普段している帯結びというのは、
そんなに凝ったものではないのですし、若い人がよく結ぶようなものではありません。
他の場面でも、かるた結びや貝の口などずいぶん渋めのものが目に付きます。

それに対してこの井戸の前の子どもは、
ずいぶん華やかな帯結び。
わたしは種類がよくわかりませんが、
左右両方とたれの上に羽根が作ってあります。
ずっと家事をしているアキは到底結びそうにない帯結び。
……つまりそういうことです。
これ、モノクロの漫画ならではの表現でもありまして、
漫画ってすごいなぁと惚れ惚れしてしまいました。

この違いにも、実はこの記事のために読み直していて気づきました。
この自然さがまた素晴らしい。
こんな違いが出てくるのは、この作品が生活を描いているからでしょう。
生活の違い、その人が背負ってきたものの違いが、そのまま衣服に現れているのです。

いやはや、人の生活が描かれた作品に出会えることは、幸せなことです。
この作品には、アキが作りアンの着る服があり、

アキが作りアンとともに食べる食事があり、そして語り手の「うだつの家」がある。

人の暮らしの根幹、衣、食、住があるわけです。
衣装ではなくて。
もうこうして書いてると、何が何でもみんなに読んでもらいたくなりますね。